黒澤公人の Photo Information

「一次情報ダイレクトアクセス」時代、「検索即閲覧」時代のドキュメンテーションシステムのあり方を考える。

黒澤公人のPhoto Information

    なかなか見つからない写真に関するちょっとした情報  

      江東区古石場に明治時代巨大な火力発電所がありました。絵は存在するが、写真がないかという問い合わせがあり、
  探してみました。

     検索語  古石場発電所
       深川発電所
       深川古石場発電所
       東京市街鉄道


  読売新聞 明治39年4月23日  1906年  
       当時の新聞に写真が掲載されるのは、珍しい時代です。
       日本電気学会は、古石場発電所を見学した様子を写真 全景と内部の様子を報じている。
       読売新聞は、現在も存在している会社なので、写真の著作権は、読売新聞にある。
       
       「新聞報道と顔写真」 中公新書 1431 という本の93Pに古石場発電所の写真があるという
       記載があり、読売新聞データベースを使って、記事を特定した。

 工業雑誌 1904年 21(299)口絵  国会デジタルコレクション

      建設中の東京市街鉄道深川古石場発電所 の写真がある。東洋一の巨大煙突という紹介あり。

 日本電気協会会報 1909年 24巻 口絵

      深川発電所の光景
      古石場川から石炭を運び込む方向から撮影

図説日本蒸気工業発達史 昭和13年  ワット誕生二百年記念会 P322

     東京市街鉄道会社深川発電所  全景と発電設備 カーチス機
     見出しに汽力発電所にタービンの採用とある

当時の状況  当時は、市街鉄道と電灯の電気が必要になり、各鉄道が、巨大発電所を必要としていた。
発電に大量の石炭を必要とし、鉄道会社の再編成が盛んに行われた。
そうこうしているうちに、発電の主力は、水力発電に移っていき、火力発電所の重要性も変化をしていく。
大正12年の関東大震災で、深川発電所の倒壊してしまう。